私の溢れさせ癖は、同僚はもとより、患者さんの間でも有名である。
ステンボトル使用の患者さんから恐縮しつつ「ごめんね。家の者に急須を持ってくるように言ってるんだけど・・・」とか「私はどうしても熱いお茶が好きだから魔法ビンじゃないといけんのよ。いつも迷惑かけるね」などと言われると申し訳なさでいっぱいになる。
「こぼさんようにね」、「火傷せんようにね」と声をかけられ、注目の中お茶を入れると緊張のあまり余計にこぼしてしまう始末。
「自分で入れるよ」と言ってくださる患者さんもいるのだが、お年寄りには10リットル入りの重いヤカンを操るのは難しく、患者さんに火傷を負わせたりしてはそれこそ一大事なので、ほとんどはお断りして私がこぼしながら入れる。
そんな中シマザキさんという、ステンボトル使用の女性の患者さんがふいに「私が自分で入れましょう」と言ったので驚いた。
なぜならシマザキさんは目がほとんど見えないからである。
「うっすらと明るい暗いぐらいはわかるよ」と以前に言っていた。
その程度である。
「いや、火傷したら大変だから」とやんわり断ったのだが、大丈夫だと思うと言うのでおまかせしてみた。
シマザキさんはまだ50代だからヤカンの重さは大丈夫だろうし、なによりホントにちゃんと入れられるのかということに興味があったのだ。
右手でヤカンの取っ手を握らせ、左手で「ここからお茶が出ますよ」と注ぎ口をちょっと触れさせた後、ステンボトルを手渡す。
シマザキさんはヤカンを傾け、お茶を注ぎ始めた。
溢れそうになったらすぐに止めようと見守っていたが、シマザキさんの手は、お茶がステンボトルの口ぎりぎりに来た時点でぴたりと止まった。
「すごい!どうして!?」と驚く私に、シマザキさんは「音をよく聞いていたらわかるんよ」と言った。
すげー!!
そういえばシマザキさんは患者さんのほとんどがすごく多く見積もりがちの私の年齢も(よく「50歳くらい?」と聞かれる)ほぼ正確に言い当てたし、私の体型が太いことも「声でなんとなくわかる」と言っていた。
「目が見えなくなったときは絶望的だと思ったけど、目が見えなかったら、耳や皮膚や脳で見えるようになるもんよ」というシマザキさんの言葉を聞いて「神はその人が乗り越えられるだけの試練しか与えない」というのは本当かもなと思った。

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