結婚願望

夜勤の日の明け方5時すぎ頃のことであった。
看護婦さんたちは朝の部屋周りの準備をすべく、今まで食べていたおやつを片付けたり、歯を磨きに行ったりして、ナースセンターから不在がちになる時間帯である。
私は入院患者さん用のカルテを揃えていて、センター内にはもう一人サカガミさんという看護婦さんがいた。
サカガミさんは32・3歳であろうか？
わりとやさしくて思慮深いカンジの、3人の子どもを持つお母さんナースである。
そのサカガミさんが私の横にそっと寄ってきて「○○（SAKU）さん、結婚願望ある？」と言った。
私はわりかし率直な気持ちを口にした。
「まったくないですねぇ」
詳しく話せばなかなか長い話なのである。
正確に言うと私は結婚したくないわけではない。
ただ、結婚したいという気持ちはまったくない。
もしかしたら将来結婚したりすることもあるかもしれない、くらいには思っている。
私の気持ちを正確にわかってもらうには、私の現状やら、生い立ちやら、いろんな話を聞いてもらわないと無理だと思うし、サカガミさんもそこまでは望んでいないであろう。
サカガミさんの希望していると思われる範囲で最大限正直に言うと「まったくないですねぇ」なのである。
その私の正直な答えにサカガミさんは首を捻った。
「あ・・・、そうなんだ。私のダンナの会社の人でいい人がいるからどうかなと思ったんだけど」
申し訳ない。それには及びません。
サカガミさんはまったくの善意だろうし、私のことも悪く思っていないから自分のダンナさんの同僚を紹介しようと思ってくれたのであろう。
そう思うと無碍に断るのも悪い気がするが、逢う気はまったくない。
なのでその気持ちを告げると、サカガミさんはさらに首を捻りながら「うーん、あの、ヨシダさん（同じ看護助手のおばさん。なんにつけいい加減な人である）が、○○（SAKU）さんは結婚願望が強いって言ってたから・・・」と言いにくそうに言った。
はぁーん！？あのババア！！
結婚願望がないのが短所だとすら思っている私なのに、結婚願望が強いなんて・・・。
「失礼しちゃうわ！」と思ってしまったところをみると、もしかしたら私は「結婚したくない」のではなくて、「結婚できない」の方なのかしら？
うーん、でも、しようと思えばできるかどうかは別として、とりあえず結婚願望はないのであるよ。