ひと通り合わせた後、休憩になったのだが、休憩中も自信のない私はIGGYにしつこく全体の流れを聞いたり、バックリフはどの音で吹いたらいいのかを質問した。
IGGYが、バックリフの音を楽譜に書いてくれると言うので、ケースの中に入れていた楽譜を取りに行くと、ANTONさんが「SAKUちゃん、カッコええな」と笑顔で声をかけてくれた。
でも私にはまったく余裕がなく「ダメなんです」とこわばった顔で答えることしかできなかった。
するとANTONさんは「落ち込んでんの?落ち込んだらアカン」と言ってくれた。
ANTONさんのその優しい言葉は私の心に沁みた。
そうか。私は落ち込んだらいけないんだな。
私はブラックボトムを見ていて「私もなにか楽器ができたら楽しいのにな」とずっと思っていた。
いつか私もなにか楽器ができるようになってブラックボトムと一緒に演奏したい。
何年間もずっとそう思っていて、去年ようやくサックスを始めた。
そして今、心に思い描いていた夢が叶っている。
なのになぜ落ち込むのか。
それは私のミュージシャンとしての、ちっちゃいちっちゃい見栄によるものである。
上手くできないから恥ずかしい。もっと上手くやりたい。
でもそれはちがうんだなとANTONさんの言葉で気づいた。
誰も私に上手い演奏なんか求めちゃいないのである。
私がどうがんばったって技術で人を感動させることはできない。
でも、私の下手な演奏でこそ伝わるなにかはあるかもしれない。
そのためには私は落ち込んでいてはいけないのだ。
下手な人が下手なことに落ち込んでいたらまるでとりえがないではないか。
せっかく夢が叶ってるんだから楽しくやろう。
元気に、一所懸命やろう。
ANTONさんの言葉で、初めて音が出たときのワクワクした気持ちを思い出した。
ブラックボトムと一緒にマーチングだ。
うれしいな。
私はIGGYの手で楽譜に書かれるバックリフの音階を、そんな気持ちで見つめていた。

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