2月も下旬にさしかかったある日、私が夕方4時ごろに夜勤入りすると、なんだかイシハラさんの様子がおかしかった。
イシハラさんは私の同僚の補助看で、歳は私の倍の66歳である。
我が4階病棟にはなんと66歳の人が2人もいる。
タカノさんとイシハラさんである。
タカノさんは4階補助看のリーダーで、よくおばあちゃんの知恵袋的提案をしたり、お漬物を漬けたり、お惣菜をいっぱい作ってお昼ご飯のときに振舞ったり、そういうことに余念がなかったが、実質的なリーダー業務は年寄りを武器にイノウエさんにまかせっきりであった。
そんならイノウエさんがリーダーになればいいのになーとみんなが思っていたのだが、誰も引導を渡せずにいた。
しかし本人は自信まんまんで「私はリーダーを降りたいって主任さんに言ったんだけど、もう少しだけお願いって言って降りさせてくれないから仕方がない」というのが彼女の口癖である。
でも実際は腰が痛いと言って力仕事はできないし、ただ自分の気がついた仕事(しかも、そこまでせんでも他にもっとやるべき仕事があるだろうというような仕事をサービス残業までしてやる)をするのみである。
しかし本人は自分が人一倍仕事をしているつもりで、「年取った私がこんなにやっているのに若いモンは・・・」と心から思っているという「裸の王様」な人である。
一方、イシハラさんは、口数は少なく余計なことは一切言わずに、150センチ足らずのちっちゃい体で大男をも抱え上げたり、ちゃかちゃかと率先してよく働くおばさんである。
あまりしゃべらないし、人に迎合することもないので、怖そうなおばさんと思われたりしがちなのだが、私が入ったばかりで不慣れな頃、他の人のように調子のいいことは一切言わなかったけれど、蔭でこっそりぶっきらぼうにやさしい言葉をかけてくれるイシハラさんのことが私は大好きだった。
患者さんの接遇もとてもよくて、イシハラさんはなにも言いはしないけれど、私は介護に対する姿勢をイシハラさんを見て学んだ部分が多い。
私は転職したての頃、同僚はみんな「根は」いい人ばかりだと言っていた。
しかし「根は」というところが重要で、やっぱりそれぞれ一癖あったり、こういうところがよくないよな―と思う部分はかなりある。
そんな中で、手放しでいい人だと言える、唯一の、文句なく好きな人、それがイシハラさんだったのである。

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