H松さんの恋??

2002年11月19日
次の日の午前中に早くも私はI川さんの部屋の前のベンチに座るH松さんの姿を目撃した。
うちの病院の廊下には一定間隔で造り付けのベンチがあり、ちょうどI川さんの部屋の前にもある。
そこは私たちがオムツをたたむときのテーブル代わりにする場所でもある。
私たちがそこでオムツをたたんでいるとI川さんの家人さんが部屋の中から見かけて手伝ってくれるときもある。
つまり、そのベンチに座っているとI川さんの部屋の中からよく見えるのだ。
「H松さん、どうしたの?」と声をかけると「部屋が暑いからここで涼んでる」と言う。
10月も半ばを過ぎていたとはいえ、H松さんの部屋は西日が当たりわりかし暑いので、その言い分にはそう無理はなかった。
しかし、昨日のH松さんのただごとではない様子を知っている私には、ひとつのこと以外考えられなかった。
H松さん、I川さんのことが好きなんじゃないだろうか?
昨日は明らかにI川さんに用事があるようだったのに、今日は部屋の中のI川さんに声をかける気配もなく、じっとベンチに腰掛けている。
ということはその用事は「一方的」な用事なのであろう。
その座っている位置も微妙で、たぶんH松さんは向こうからは見えていないつもりだろうが、チラッチラッと体を傾けて、あからさまに部屋の中を覗いている様子はI川さんの部屋から丸見えである。
H松さんは一日置きに人工透析を受けなくてはいけないのだが、気をつけてみていると透析のない日は一日のほとんどをその場所で過ごしていた。
さすがにI川さんの家人さんも気になるようで、部屋のドアの開け方が少しずつ細くなっていき、そのうちにH松さんが行くと家人さんがさりげなくドアを閉めるようになってしまった。
いつしかH松さんはその場所に行かなくなり、またI川さんの部屋のドアも全開放されるようになった。
H松さんの言っていた通り「部屋が暑かったから涼んでいた」だけで、涼しくなったから行かなくなっただけなのかもしれないが、私はH松さんのI川さんに対する恋心や、ドアが閉められたときの気持ち、なんとなく疎まれているのかなーと思っているうちに少しずつ恋心が薄れて行った過程などを勝手に想像しさびしくなった。
想像力がありすぎるというのも考えものである。

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