H松さんの恋??

2002年11月18日
以前私が患者さんのI川さんの部屋の前を通りかかった時、H松さんが私に追いすがるように「ここの部屋の人は?」と切羽詰ったカンジで聞いてきた。
ふとI川さんの部屋を覗くと中はもぬけの殻であった。
H松さんのただごとならぬ様子から、一瞬よくないことを考えたが、I川さんはベッドの上に自分で起き上がることさえできない人なので、勝手に自分でどこかに行くとは考えられない。
落ちついて考えてみると、その時間はI川さんはリハビリに行っている頃であった。
「今、リハビリに行っているみたいですよ。お昼ご飯の前には帰ってくると思いますけど」
そう言うとH松さんは自分の部屋へと帰っていった。
入院生活が長くなってくると患者さん同士もなかよくなってきて、互いの部屋を訪問しあっている姿を見かけることがある。
ふーん、H松さんとI川さんって仲いいんだ、と入って間もない私は意外に思っていた。
I川さんは個室に入っている男性患者さん。
私はちょっと縁あって健康だった頃を知っているのだが、笑顔の素敵なナイスガイで、それは今も変わっていない。
あまりおしゃべりはできないのだが、こちらの言うことは100パーセントわかっており、意思疎通はばっちりできる人である。
声掛けをすると顔を赤くして二コーっと笑う。
家人さんも熱心だし、見舞い客も多い。
よく奥さんが車椅子で外出させ、「今日は帽子を買ってきた」などと言い、その買ってきた帽子をI川さんに被せる。
それを見て私たちは「わー、I川さんよかったね」だの、「カッコイイ。似合うよ」だの言い、I川さんはまた顔を赤くして二コーっと笑う。
典型的な「愛される患者さん」なのである。
一方H松さんは女性の透析患者さん。
自分で歩くこともできるし、痴呆もないが、動作がスローで、常に首が左に傾いでいる。
日常生活にあまり意欲が見られず、たまに鬱状態に入ることもある。
そんなH松さんが、部屋を訪ねていくほどI川さんと仲がいいというのは、私にはとても意外に思え、その日から私は密かに2人に注目し始めたのである。

コメント