ケミストリーin福岡―コンサートの夜―
2002年3月10日ライヴ中、極力失礼にならないよう一瞬の隙をついては「トオルうううううううううううぅ」と叫ぶ。
ライヴ随所に、ものすごくコンスタントにトオル的要素が詰め込まれている。
曲のアレンジだったり、メンバー紹介の仕方だったり、ギターソロだったり、演出方法だったりするのだが、イチイチたまらんカンジなのだ。
ちょっとチェッカーズ時代を思わせるものもあり、私も10年前のような黄色い声を張り上げた。
あのとき、どんなに声を張り上げても、私の声はトオルには届かなかった。
せめて私という人間の存在を、いつかトオルに知ってほしい・・・あの頃の私の最大の願いであった。
その願いは、いつのまにか叶っていた。
いつ叶ったのか自分でもよくわからないうちに、じわじわと叶っていった。
そして私は変わりなくトオルのことが好きで、今もトオルに熱い声援を送っている。
変わりなくトオルを愛しつづける私のことを「すごいね」と言う人は多いが、それは違う。
ずっと愛されつづけることのできるトオルのほうがすごいのだ。
堂珍も、要もこんなふうにずっとファンから愛されつづけられたらいいね。
本編が終わり、アンコールに入る前、「アンコール、アンコール」という声の合間から「堂珍×××〈手拍子〉、川畑×××、堂珍×××、川畑×××」という掛け声が自然発生し、場内がその声でひとつになった。
「こんなにたくさんの人から、こんなふうに声援送られたらうれしいやろうね」とめぐに言いながら私は泣いていた。
何者だ。一体。
その声に応えて再びステージに戻ってきた2人も自ら「堂珍×××、川畑×××」と言いながら出てきた。
さすがに泣いてはいなかったが。
会場からは更に「♪ハッピバースデイトゥユー」の合唱。
誰の誕生日かと思いきや「♪ハッピバースデイディアケミストリー」。
そう、デビュー1周年のお祝いだったのである。
そうかそうか。おめでとう。
ちょっとはにかみつつも、ファンからの温かいメッセージを、しっかりと感謝の気持ちで受け止めていたケミストリーにはとても好感が持て、「アンタら、ずっと今の気持ちを忘れんでおるんよ」と近所のおばちゃんみたいに言い聞かせる私であった。
ライヴのあと、ドーム前の大階段を、ケミストリーの歌を大合唱しながら上っていく私とめぐ。
歌詞は2人ともややあやしいがかまうものか。
帰りの車の中でケミストリーの曲を聴きながら、私よりも先にめぐの方が泣き出したので、私も後を追って心置きなく泣いた。
今日のライヴのよかったところを言い合ったり、ケミの曲の自分的にツボの部分の歌詞を読み上げたりしながらいつまでも泣いた。
終いには、関門大橋から見える夜景がキレイだとか、この灯りが見える家の一軒一軒にいろんな人が生活していて、それぞれにいろんなことがあって泣いたり笑ったりしながら、それでもやっぱりそれぞれ頑張って生きてるんだよねとか、そんなことまで持ち出して泣いていた。
「コンサートの夜」という言葉だけでも泣けてしまうような、そんなコンサートの夜であった。
ライヴ随所に、ものすごくコンスタントにトオル的要素が詰め込まれている。
曲のアレンジだったり、メンバー紹介の仕方だったり、ギターソロだったり、演出方法だったりするのだが、イチイチたまらんカンジなのだ。
ちょっとチェッカーズ時代を思わせるものもあり、私も10年前のような黄色い声を張り上げた。
あのとき、どんなに声を張り上げても、私の声はトオルには届かなかった。
せめて私という人間の存在を、いつかトオルに知ってほしい・・・あの頃の私の最大の願いであった。
その願いは、いつのまにか叶っていた。
いつ叶ったのか自分でもよくわからないうちに、じわじわと叶っていった。
そして私は変わりなくトオルのことが好きで、今もトオルに熱い声援を送っている。
変わりなくトオルを愛しつづける私のことを「すごいね」と言う人は多いが、それは違う。
ずっと愛されつづけることのできるトオルのほうがすごいのだ。
堂珍も、要もこんなふうにずっとファンから愛されつづけられたらいいね。
本編が終わり、アンコールに入る前、「アンコール、アンコール」という声の合間から「堂珍×××〈手拍子〉、川畑×××、堂珍×××、川畑×××」という掛け声が自然発生し、場内がその声でひとつになった。
「こんなにたくさんの人から、こんなふうに声援送られたらうれしいやろうね」とめぐに言いながら私は泣いていた。
何者だ。一体。
その声に応えて再びステージに戻ってきた2人も自ら「堂珍×××、川畑×××」と言いながら出てきた。
さすがに泣いてはいなかったが。
会場からは更に「♪ハッピバースデイトゥユー」の合唱。
誰の誕生日かと思いきや「♪ハッピバースデイディアケミストリー」。
そう、デビュー1周年のお祝いだったのである。
そうかそうか。おめでとう。
ちょっとはにかみつつも、ファンからの温かいメッセージを、しっかりと感謝の気持ちで受け止めていたケミストリーにはとても好感が持て、「アンタら、ずっと今の気持ちを忘れんでおるんよ」と近所のおばちゃんみたいに言い聞かせる私であった。
ライヴのあと、ドーム前の大階段を、ケミストリーの歌を大合唱しながら上っていく私とめぐ。
歌詞は2人ともややあやしいがかまうものか。
帰りの車の中でケミストリーの曲を聴きながら、私よりも先にめぐの方が泣き出したので、私も後を追って心置きなく泣いた。
今日のライヴのよかったところを言い合ったり、ケミの曲の自分的にツボの部分の歌詞を読み上げたりしながらいつまでも泣いた。
終いには、関門大橋から見える夜景がキレイだとか、この灯りが見える家の一軒一軒にいろんな人が生活していて、それぞれにいろんなことがあって泣いたり笑ったりしながら、それでもやっぱりそれぞれ頑張って生きてるんだよねとか、そんなことまで持ち出して泣いていた。
「コンサートの夜」という言葉だけでも泣けてしまうような、そんなコンサートの夜であった。
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