アッコんち?

2002年2月26日
「やー、アッコ久しぶり!」
どうぞとも言われないのにささっとあがりこみ、リビングのソファに腰を下ろす。
私は久しぶりに会う人とはいったん会話が途切れるともう二度と続かないので、最初からテンションを上げてしゃべりまくった。
行く前に私には迷っていたことがあった。
それは「家の中を見せてくれと言わなくてはいけないのか?」ということだ。
正直言って別に見せてくれなくてもよい。
でも新居に初めて行ったのだから、礼儀として見せてくれというべきなのだろうか?
私はわりかし礼儀正しいほうだとは思うのだが、なにしろ子供なのでそういう儀礼的なことには疎いのだ。
haruchanが家を建てたときは、まだ完成もしてないうちから上り込み、床下収納庫まで開けて見たり、2階から夜景を見て悦に入ったり、かなり深いところまで見せてくれとせがんだ。
それは見たかったからである。
でもアッコんちは別に見なくてもいい。
もちろん見てもよいが、こちらから言うほどでもないのだ。
それなのにわざわざ「見せて」ということのほうがなんとなく私にとっては他人行儀なことのような気がするのだ。
考えすぎだろうか?
イチコに聞いたところやっぱり言うべきらしいが、アッコの顔を見たらすっかり忘れていた。
私がひとしきり話して、出してもらった紅茶まで飲み干した後、アッコがやんわりと「家の中見る?」と言って初めて思い出した。
しまった。
見せてもらってみたら収納部にいろいろと工夫があって「なるほどなー」となかなか面白かった。
子供部屋もかわいいカンジなっている。
子供は一年生の男の子と年長組の女の子なので、すべてアッコがこんな風にかわいくしてあげているのだろう。
心から感心した。
ダンナは交代制の勤務なのでお昼過ぎに帰ってきて、アッコのかわりに子供をバス停まで迎えに行ってくれたりしてとてもカンジがよい。
次々と帰ってきた子供たちも子供らしくおりこうである。
私のおみやげをとても喜んでくれて、子供慣れしていない私はなんだかうれしかった。
ダンナはとても子煩悩で、うまくいっている家庭という安定感が強く漂っていた。
アッコはアッコで、その幸せを見せつけるでもなく、私とは種類の違う幸せを手にした人として、私の幸せの種類のことも、しっかり認め尊重してくれているようだ。
前はよく私に「結婚しないの?」などと聞いていたが、さすがにほんとにしないんだろうなと薄々察してきたようである。
アッコは家庭で生きることがとても幸せで、向いているのであろう。
これからもお互い幸せで、こうして時には逢えるといいなあと思わせてくれたアッコんちであった。

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