どいなか
2001年9月17日今日から3連休で、家族で四国のおばあちゃんのうちに行くのだ。
なぜかというと、父の三回忌だからである。
実は法事は、お盆に親戚が集まったときにやっているのだが、ウチは三人ともお盆は仕事なのだ。
それにイチコは、おばあちゃんや父の兄妹と長い付き合いとはいえ、最終的には父と婚姻関係を解除していたので、なかなかビミョーな間柄といえる。
しかし、父の後妻が親戚内で評判が悪かったため、棚ボタ式にイチコの株が上がり、イチコと元姑の関係はたいへん良好なのだ。
イチコは、今では他人となってしまったおばあちゃんのことを今も「お義母さん」と呼んでいるし、呼ばれているおばあちゃんのほうももちろんまんざらではないようだ。
イチコの実母は5年前に亡くなったが、自分のお母さんがいなくなっても、まだ「お義母さん」と呼べる人がいるということに、やはり、結婚という制度の侮れなさを感じる。
ひとくちに四国といってもいろいろあるが、わが父の実家は徳島との県境に近い愛媛県で、すんごい田舎である。
何しろ最寄のバス停の名前が「どいなか」というのだ。
そして決して名前負けしていない。
朝5時半に家を出て一路どいなかへ。
電車に2時間半、船に2時間半、それからまた電車、そしてバスを2回乗り継いで、どいなかのバス停に降り立ったのは夕方近かった。
さぁ、あと一山(笑)。
ここから坂道を登って登って、登りきったところがおばあちゃんの家。
そして坂の途中に点々と牛舎がある。
おばあちゃんは、父のお兄さん夫婦とともに牛を育てて生活しているのだ。
昔は鶏や豚もやっていたことをうっすら憶えている。
豚をやめるとき、一匹だけ売らずに残しておいて、お盆にみんなが集まったときに食べたことをすごくよく憶えてる。
テーブルの上にトンカツとか、焼豚とか、豚の角煮とかがずらりと並んで、どれもすごく美味しかった。
おばあちゃんの家を目指し、牛舎の坂を登っていくとき、私はいつも、まだ父とイチコが夫婦で、いとこ達がみんな集まった楽しい子供時代のお盆のことを思い出すのだ。
なぜかというと、父の三回忌だからである。
実は法事は、お盆に親戚が集まったときにやっているのだが、ウチは三人ともお盆は仕事なのだ。
それにイチコは、おばあちゃんや父の兄妹と長い付き合いとはいえ、最終的には父と婚姻関係を解除していたので、なかなかビミョーな間柄といえる。
しかし、父の後妻が親戚内で評判が悪かったため、棚ボタ式にイチコの株が上がり、イチコと元姑の関係はたいへん良好なのだ。
イチコは、今では他人となってしまったおばあちゃんのことを今も「お義母さん」と呼んでいるし、呼ばれているおばあちゃんのほうももちろんまんざらではないようだ。
イチコの実母は5年前に亡くなったが、自分のお母さんがいなくなっても、まだ「お義母さん」と呼べる人がいるということに、やはり、結婚という制度の侮れなさを感じる。
ひとくちに四国といってもいろいろあるが、わが父の実家は徳島との県境に近い愛媛県で、すんごい田舎である。
何しろ最寄のバス停の名前が「どいなか」というのだ。
そして決して名前負けしていない。
朝5時半に家を出て一路どいなかへ。
電車に2時間半、船に2時間半、それからまた電車、そしてバスを2回乗り継いで、どいなかのバス停に降り立ったのは夕方近かった。
さぁ、あと一山(笑)。
ここから坂道を登って登って、登りきったところがおばあちゃんの家。
そして坂の途中に点々と牛舎がある。
おばあちゃんは、父のお兄さん夫婦とともに牛を育てて生活しているのだ。
昔は鶏や豚もやっていたことをうっすら憶えている。
豚をやめるとき、一匹だけ売らずに残しておいて、お盆にみんなが集まったときに食べたことをすごくよく憶えてる。
テーブルの上にトンカツとか、焼豚とか、豚の角煮とかがずらりと並んで、どれもすごく美味しかった。
おばあちゃんの家を目指し、牛舎の坂を登っていくとき、私はいつも、まだ父とイチコが夫婦で、いとこ達がみんな集まった楽しい子供時代のお盆のことを思い出すのだ。
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