休養日
2001年6月28日今日は私の予定では久留米に行って恵美子ママにバリの報告をし、おみやげを渡すことになっていた。
しかしそれはあくまでも私が勝手に決めた予定であり、おととい電話をしてみたら恵美子ママの都合はあいにくだったのだ。
でも恵美子ママは、私が6月中に一回行くと言ったことを覚えていて「来なかったわね」と思っていた矢先の私からの電話だったようだ。
「ユキちゃんと一緒?」と恵美子ママは言った。
恵美子ママはユキちゃんのことが大好きなのだ。
ユキちゃんがこの前「バリに行けなかったぶん、せめて久留米に行こう」と言っていたと報告すると、恵美子ママは色めきたち「いつ来るのか」と電話のたびに言うのだ。
「すいません。1人です」今日も少々気まずい思いでそう答え、ユキちゃんのことは本決まりになってから言うべきだったと後悔するSAKUであった。
さて、今日は1日(正確にはバイトに言ったが)自由の身となった私は日記の更新に全力を傾けた。
書いては送り、書いては送りし、1日で9日分もUPしてネギーシーさんに誉められた。
どんなもんだい。
しかしそれはあくまでも私が勝手に決めた予定であり、おととい電話をしてみたら恵美子ママの都合はあいにくだったのだ。
でも恵美子ママは、私が6月中に一回行くと言ったことを覚えていて「来なかったわね」と思っていた矢先の私からの電話だったようだ。
「ユキちゃんと一緒?」と恵美子ママは言った。
恵美子ママはユキちゃんのことが大好きなのだ。
ユキちゃんがこの前「バリに行けなかったぶん、せめて久留米に行こう」と言っていたと報告すると、恵美子ママは色めきたち「いつ来るのか」と電話のたびに言うのだ。
「すいません。1人です」今日も少々気まずい思いでそう答え、ユキちゃんのことは本決まりになってから言うべきだったと後悔するSAKUであった。
さて、今日は1日(正確にはバイトに言ったが)自由の身となった私は日記の更新に全力を傾けた。
書いては送り、書いては送りし、1日で9日分もUPしてネギーシーさんに誉められた。
どんなもんだい。
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