真珠のように
2001年1月10日私は案外読書家な方だ。
追っかけに行くときは文庫本を2、3冊忍ばせていくし、日常生活でも寸暇を惜しんで本を読んでいる。
静岡に行くときに新しい文庫本を読み始めた。
年末に買ったのだが、静岡に行くときに読もうと取っておいたのだ。
何年か前にその本が出版されたとき、書評を読んでとても興味を持ったのだが、なかなか機会に恵まれなかった。
そして暮れに文庫に下りているのを発見し、即購入した。
その本に私は感銘を受けまくった。
行きの新幹線の中で、途中F川の出現により涙が乾く部分もあったが、それ以外はずっと感涙にむせんでいた。
その本の中で特に心に残っていることは「真珠」である。
真珠を作るためにアコヤ貝の中に真珠の核となるものを挿入する。
貝は自分の中に入ってきた異物を懸命に取り除こうとする。
しかし、どうしても排除できないとき、ある種のあきらめとやさしさをもってその異物を包みこもうとする。
その結果あの美しい真珠が生まれるのだ。
こういう「真珠のでき方」のような物は以前TVで見て知っていたのだが、貝の身になって考えたことはなかった。
だが、貝の気持ちになってみると、貝が健気で泣けてくるのである。
いきなり自分の意にそわないイヤなことをされて、またはつらいことがあって、それでもなんとか立ち直ろうとする。
なんとかそのいやなこと、つらいことが起きる前の自分に戻ろうとするのだが、それが叶わないとき、そのイヤなこと、つらいことをも許し、受け入れて、そしてもう1度輝こうとするのだ。
頑張れ!貝!!
この本に30代の今めぐり合えてよかったと思う。
今でなければわからない心の動きがたくさんあった。
きっとこれから先、私が人生の苦しみを味わうとき、この本で得たことが支えとなってくれるだろう。
私も真珠貝のように健気に生きよう。
私の今年のテーマである。
*ちなみに本のタイトルは「御直披」です。
追っかけに行くときは文庫本を2、3冊忍ばせていくし、日常生活でも寸暇を惜しんで本を読んでいる。
静岡に行くときに新しい文庫本を読み始めた。
年末に買ったのだが、静岡に行くときに読もうと取っておいたのだ。
何年か前にその本が出版されたとき、書評を読んでとても興味を持ったのだが、なかなか機会に恵まれなかった。
そして暮れに文庫に下りているのを発見し、即購入した。
その本に私は感銘を受けまくった。
行きの新幹線の中で、途中F川の出現により涙が乾く部分もあったが、それ以外はずっと感涙にむせんでいた。
その本の中で特に心に残っていることは「真珠」である。
真珠を作るためにアコヤ貝の中に真珠の核となるものを挿入する。
貝は自分の中に入ってきた異物を懸命に取り除こうとする。
しかし、どうしても排除できないとき、ある種のあきらめとやさしさをもってその異物を包みこもうとする。
その結果あの美しい真珠が生まれるのだ。
こういう「真珠のでき方」のような物は以前TVで見て知っていたのだが、貝の身になって考えたことはなかった。
だが、貝の気持ちになってみると、貝が健気で泣けてくるのである。
いきなり自分の意にそわないイヤなことをされて、またはつらいことがあって、それでもなんとか立ち直ろうとする。
なんとかそのいやなこと、つらいことが起きる前の自分に戻ろうとするのだが、それが叶わないとき、そのイヤなこと、つらいことをも許し、受け入れて、そしてもう1度輝こうとするのだ。
頑張れ!貝!!
この本に30代の今めぐり合えてよかったと思う。
今でなければわからない心の動きがたくさんあった。
きっとこれから先、私が人生の苦しみを味わうとき、この本で得たことが支えとなってくれるだろう。
私も真珠貝のように健気に生きよう。
私の今年のテーマである。
*ちなみに本のタイトルは「御直披」です。
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