やっとのことでつかまえたタクシーに乗り込んでも、号泣のあまり嗚咽し、行き先すら言えない始末。
運転手さんは「今日は仕事が忙しくてごはんを食べる時間もなくて、おなかがすいて私も泣きたいよ」といいながら私の気が静まるのを待っていてくれた。
ようやく落ちつき行き先を告げると運転手さんは「そんなに感動的なライヴだったですか。今日は誰が来たんですか?」と言った。
私は運転手さんになんとかしてこの感動を伝えたかった。
でも今日のライヴの話だけしてもこの涙の意味は絶対にわかってはもらえまい。
何から話せばこの人にわかってもらえるのだろうか。
それにしてもこのおじさんの口から(50歳ぐらいと思う)「ライヴ」という言葉が出るとはね。
なかなかやるなぁ。
うちのイチコからは「コンサート」という言葉を引き出すことすらけっこう苦労するぞ。
会社のMKは座席指定がコンサート、オールスタンディングがライヴと思ってるようだし、そんなヤツらに比べたらこのおじさんはけっこうイケている。
説明次第では私の気持ちをわかってくれそうだ。
でもいったい何から話せばいいのか・・・。
そんなことをつらつらと考えてすっかり頭が混乱した私の口から出た第一声は「3月にはMitchがいたけど今日はいないんです!(半泣き)」
なんじゃそりゃ。
運転手さんにしてみれば「誰だそれ?」ってなもんだろう。
我ながらけっこう笑った。
運転手さんも笑って、そこで気持ちがほぐれた私は一気に喋った。
「最初は関西でやってたけど去年の夏に東京に行っちゃったんです」
「私がファンになった頃はスーザホンはドッコイさんっていう人だったんですけど、今はタモツくんなんです」
「96年のクリスマスは、YASSYがサンタさんになってみんなにクリスマスプレゼントを配ったんです。みんなに幸せを配ってくれたようで、あの時すごく嬉しかった」
「ドッコイさんが脱退したとき悲しかったけど、今はタモツくんのこと好きなんです。だから今はMitchの後に誰か入るかも・・・って思うとなんかいやだけど、入ったらその人のこともきっと好きになるだろうな―と思うんです。でも今はやっぱりこのまま7人でやって欲しいけど」
「昔ライヴでよく逢ってたファンの子でもいつのまにか見かけなくなるようになって、その分新しいファンの子もいっぱい増えてるんだけど、なんかやっぱりさびしいなって思う」
順番もめちゃくちゃで、説明不足で、私の心情のみで押し進めていってるような話でもおじさんは真剣に聞いてくれて、時折してくる質問も非常に的確で、ちゃんと聞いてくれているなと思えるものであった。
30分ぐらいかかってホテルに着いたとき、私の話はまだ「今年の夏に大阪であったライヴが素晴らしくよくって感動した」というあたりであった。
ああ、もうホテルに着いてしまったか、途中になってしまったけど、私がブラックボトムのことを好きだと思う気持ちはきっと伝わっただろうからいいか・・・と思っていると、おじさんから「話もまだ途中だし、御飯でもごちそうしましょうか」という申し出があり、ありがたくお受けした。
人見知りの私にしては異例中の異例なことだが、沖縄そばとヤギのお刺身とゴーヤチャンプルーと泡盛をごちそうになった。
泡盛は初めてだったがうまくて舌が鳴った。
おじさんは仕事中から飲めないと言っていたので申し訳ないなぁと思いつつもお替わりしてしまった。
ようやく私の長い話が終わるとおじさんは「今日はいい話をいっぱい聞けたなぁ」と言って私に1ドル札を記念にくれた。
沖縄ではタクシーで普通にドルが使えるらしい。
めんどくさいので1ドル100円で計算するそうだ。
それからおじさんはおもむろに「山口は寒いですか?」と聞いた。
「今年はそうでもないですよ」と言うと「今年の4月に娘が長野に嫁にいったですよ」と言った。
まだ二十歳だったらしい。
昨日電話をしたら長野は氷点下10℃だと言っていたそうだ。
「沖縄が24℃ぐらいだから34℃ぐらいも差があるわけですよ」
そういってしばらく沈黙した後「そんな寒いところでどうやって生活しているかと思うと・・・」と言っておじさんは声を詰まらせた。
私もつられてまた泣いた。
それから沖縄のことを少し教えてもらっておじさんとわかれた。
別れるときおじさんは「お正月には娘が帰ってくるので楽しみだ」と言っていた。
そして「今度は夏にいらっしゃい」と言っておじさんのタクシーは走り去っていった。
私はホテルに戻り、お風呂に入り、明日行く予定のひめゆりの塔へのアクセスと、コーくんの言っていた、メンバーの泊まっているホテルの場所をガイドブックでチェックして(別に知ってどうするわけでもないが)、さびしがる暇もなく深い眠りについた。

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